波日記 湘南(鵠沼・辻堂・茅ヶ崎)・千葉の波情報、サーフィン情報

2004年よりサーフィンを始めた1975年生まれの男が綴る、湘南(鵠沼・辻堂・茅ヶ崎)や千葉などの波情報、レポート、サーフィンコラム

パドリングについて考えてみた。

サーフィンを嗜む人間が、この題名で記事を書くのは、かなり勇気の要る行為であることは、誰しもが頷くところではなかろうか。

最初からオチをバラしてしまうが、私自身、まだ自らのパドリングは未完成だし、常に改良をし続けるべきものだと思っている。「これで私のパドリングは完璧です」という状態はありえない気がするのである。

だからこそ、自分よりパドリングが早い人が、自分のパドリングとは何が違うのか、観察をしたり、教えを請う必要があるのだ。

しかし、実際はそう簡単ではない。ある者は「力を入れろ」と言い、一方で「力は一切入れるな」と言う人もいる。「肘を曲げろ」対「いや、肘は曲げない」もあれば、「胸を反れ」対「胸は反らすな」と、おおよそ考えられることはほとんど言い尽くされていると言っても過言ではない。これではどれに従って良いのやら、さっぱり分からなくなる。

それも仕方ない。サーフィンは野球に比べれば、まだまだスポーツとしての歴史が浅いものである。野球だと、例えばイチローと松井の2人を見比べても、両者とも世界最高峰のバッターでありながら、そのバットの振り方は全くと言って良いほど違う。野茂と岡島のピッチングフォームだって違いすぎる。もちろん、目に見えない部分で何か基本となる共通点があるのかもしれないが、結果としては両者が全く異なる形に仕上がっていることは間違いない。

このことはパドリングにも言えることではないかと思うのである。人それぞれ体型が微妙に違うのと同様に、パドリングのフォームだって、唯一無二の絶対的なものは無い。自分にやりやすい漕ぎ方を早く見つけて、それを練習するのが得策ではなかろうか。

私は「とにかくパドルしまくって体で覚えろ」という言い方で片付けてしまうのは、あまり好きではない。そういう習得法も悪くは無いが、スポーツはアカデミックかつ科学的に、誰しもが理解できるような、体系的な理論を確立するべきものだからである。

以上を踏まえて――。私のパドリングは、教えてもらった人のパドリングに従っていることもあり、

  • 手は水面に深く入れない。
  • ヒジは常に曲げる。
  • 足から下は完全に脱力させる。
  • 胸を反るというよりかは、肩を上げる。
  • 重心を手の方へに移動させない(手で身体を支えない)。
  • 重心はへそから恥骨の辺りに集中させる

大体は上記を意識しながら漕いでいる。もちろん、上記と全て逆の漕ぎ方で私よりもパドルが速い人も私は知っている。しかし、私自身は上記のフォームに矯正してから、パドルの持久力が飛躍的にアップした。また、特に下半身の脱力を覚えると、テイクオフの速度が驚くほど速くなるのには驚いた。

パドリングは歩くことと多くの共通点があると私は思っている。例えば駅構内を歩いていても、やたらと歩くのが速い人を観察してみると、やはり「歩幅の広さ」と「足を繰り出す速度」の違いなのである。すなわち、自分なりに疲れない正しいフォームを身に付けたら、あとはひたすらパドルする漕ぎ幅(=歩幅)と、漕ぐ速度(=歩くスピード)を上げれば、パドルスピードはアップすることになる。

このように、常に「もっと良い方法は無いか?」というスタンスで、1本でも多くの波をキャッチして行きたいものである。