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波日記 湘南(茅ヶ崎、鵠沼)・千葉の波情報・サーフィン情報

2004年よりサーフィンを始めた1975年生まれの男が綴る、湘南(茅ヶ崎、鵠沼)や千葉などの波のレポート、サーフィンコラム

自分にとってのサーフィンとは。

サーフィン コラム

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「あなたにとってサーフィンとは何ですか?」

サーフィンにまつわるあらゆるインタビューで幾度となく繰り返されているであろう質問。私自身もサーファーの端くれとしてこの質問に答えておきたいと思います。

これは言い換えれば、

「サーフィンで何を目指したいのですか?」

ということです。これについて、私の思いの丈を整理すべく綴ります。

なぜ、自分はこうまでして海に入り続けるのか。30年後、60歳代になっても仮にサーフィンを続けているとして、そのときにどのような状態になりたいのか――。

1時間ほど改めて考えてみましたが、答えはひとつしか出ませんでした。

 

サーフィンを続けていたい。

ホント、それだけです。チューブに入れるようになりたいとか、エアーができるようになりたいとか、大会で優勝したいとか、そういう闘志や野望は自分にはほとんど無くて、人里離れたポイントでひっそりとでも良いから、今と変わらずに波乗りのスリルを味わっていたいんです。まあ強いて言えば、とにかくデッカい波に乗りたいですね。「どこがボトムだ~!?」っていうくらいの。

技術的な部分については、続けさえすれば絶対に伸びるものと信じています。だって、サーフィンをずっと続けている人であれば、一年前の自分を想像してみてください。今の自分と比べて確実に技量が上がっているでしょ? 私は、一年前の自分と今の自分を比べて、自分でもわかるくらいに確実に変わっています。

技術的な部分で伸び悩んで、焦ってサーフィンがつまらなくなることほど勿体無いことはないと思います。海に入って沖で浮かんでるだけでも、素晴らしいことだと思います。技量は続けていれば絶対に伸びるんですから。絶対に。

あと、上手な人から「目的を持って海に入りなさい」とか「筋トレしなさい」とか言われても、その重要さを自分で身に染みて分からない限り、漫然と海に入るだけでしょう。でもそれはそれで良いと思うんです。漫然と入っているうちに成長が止まっている自分に気づきますから。

この「気づいてから」の人間の改変力・吸収力はものすごいんです。自分で自分の弱点に確実に気づいているわけですから。

技量の向上というプロセスは、必ずしもトントン拍子に上がってゆくものではなく、こうやって紆余曲折を経て上がってゆくものだと思います。急がば回れです。生きているうちに別にチューブに入れなくても、ワイメアの大波に乗れなくても、最高なサーフィンライフじゃないですか。


技量の話ばっかりに偏ってしまいましたが、気持ちの面でのスタンス、これもサーフィンにおいては大切に思います。

冒頭でも書きましたとおり、私はいわゆるコンペにはまったく興味がありません。勝負事が大っ嫌いという性格も手伝ってか、率直に

「なんでサーフィンで試合しなくっちゃいけないの?」

っていうのが私の考えです。本人がエクスタシー感じていたらそれで良いじゃないですか。それに友達の良いライディングを見られたら自分も嬉しいじゃないですか。「ちくしょ~俺よりも良い波に乗りやがって~!」なんて心の狭いことを思っちゃうのはもったいないし、自分の楽しみも半減します。

ちょっと趣旨が違いますが、レイアード・ハミルトンもあれほどのサーファーでありながら、頑なにコンペには出ません。彼はコンペ以外でもサーファーとして生き残ることができるということを証明し、実践した点で素晴らしい偉業を成し遂げた人間だと思います。私はサーファーとしてはもちろん、彼のこういうものに対する考え方に底知れぬリスペクトを感じてなりません。


とにかく、来週も、来月も、一年後も、今と変わらずサーフィンできること―― これが私が唯一目指していることです。

(しつこいですが)技量は続けていれば絶対に上がりますから、絶対に。「継続は力なり」です。